ドイツ近代建築の一覗
2026/09/20-2026/09/25
毎年9月、建築学会が終わると、パリのENSAPVS、天津大学建築学院、名古屋大学大学院建築学コースの3校による国際ワークショップがパリで開催されます。今年は私も担当しており、パリで大変充実した楽しい1週間を過ごしました。その様子は、すでに名大建築の公式Instagramアカウント(@nu_archi)で発信しています!
そして、パリでのワークショップを終えた後は、科研費の研究課題に関する資料調査のため、ドイツへ向かいました。その合間の時間を利用して、ドイツの近代建築を少し覗いてみました。
ベルリンのモダニズム集合住宅
私の研究では、これまで大連の戦前期の集合住宅に着目してきました。しかし、大連に突如として現れた近代的な集合住宅の原点は、一体どこにあるのでしょうか。これは、研究を続けるなかで、ずっと気になっていた疑問の一つです。
1920年代、ドイツでは、建築家ブルーノ・タウトが労働者のための改革住宅を数多く設計しました。大連の集合住宅とほぼ同じ時期に建設されたベルリンの住宅団地を実際に訪れてみると、そこには想像していたものとはかなり異なる風景が広がっていました。
まず行ったのは、1924年から1930年まで、ブルーノ・タウトが設計したSiedlung Schillerpark (ジードルング・シラーパルク)。



上:団地外部から住宅のファサードを見る。
中:団地内部において口の字配置の建物によって形成された隅部を見る。
下:団地内部においてコンクリート造の卓球台が設置されている。
シラーパルク住宅団地で特に印象的だったのは、赤いレンガ造の外壁から突き出したバルコニーの白い柱による垂直的なデザインです。アムステルダム派やのJ.J.P oudの影響を受けた表現主義的な特徴が見られます。水平に広がる建物の立面に、垂直方向のリズムと立体感が与えられていました。




もう一つの大きな特徴は、団地内の4棟の集合住宅に囲まれた広々とした芝生の空間です。芝生のほかにも、滑り台や砂場が設けられています。赤い壁面、白い線、緑の平面。この鮮やかな色彩に包まれた空間は、工場労働者の暮らしを支える、生命力にあふれた住宅団地でした。
もう一つの住宅団地は、Weiße Stadtの集合住宅地でした。この団地は、Otto Rudolf Salvisberg、Bruno Ahrends、 Wilhelm Büningの3人の建築家による設計で1931年に竣工しました。ブルーノ・タウトによる鮮やかな団地とは異なり、ここは白い町としてよく知られています。

高層住棟は、自動車道路を横断し、団地のゲートとして考えられました。水平線を強調したバルコニーは、白い壁面に立体感を与えていました。道路の両側に配置された低層棟のボリュームによる囲い込みの空間体験と、高層棟のピロティによって形成された唯一のエントランスの緊張感が強く感じられました。


団地内部における低層住棟のファサードです。ここでもバルコニーの反復によって壁面に変化を与えていますが、無彩色の箱のような造形からは、ボリュームとヴォイドによって建物を表現する近代的なデザイン手法がよく感じられました。



シンプルで綺麗だと思いました。長大な水平線や隅角部の曲線にドイツ表現主義の特徴が見られる一方、クリームイエローの壁面や、窓サッシ、排水管、屋根の軒などのディテールには、プルシアンブルー(ベルリンブルー)や茶色が使われ、白いボリュームがさらに強調されていました。
ベルリンの町における表現主義の建築は、Kino Babylonがありました。

表現主義の建築家ハンス・ペルツィヒの設計により、1929年頃に建設されました。約170戸の集合住宅と80店舗、劇場(おそらくオフィスも)が配置されており、間違いなく、私が長年研究してきた「集合住宅付複合建築」ですね。
1930年以降、大連ではドイツ表現主義の特徴が見られる建築が数多く建設されましたが、その外観だけでなく、機能までこれほど似たものがあったとは知りませんでした。
大連とドイツ、そして大連と表現主義。一体どのような関係があるのでしょうか。大連の建築家たちは、誰もベルリンに行ったことがないのに、ドイツ表現主義は一体どのように大連に受容されたのでしょうか?
この問いはしばらく続きます。研究者生涯をかけて解明していきます。

バビロン映画館側

隣の街区も表現主義の建築でした。

バビロン集合住宅棟における縦窓の配置と水平の枠線(?)が、連鎖街においてほぼそのままに使われていましたね。

大連連鎖街のF区です。

大連連鎖街は本当にボロボロな状態ですが、やはり魔力があって、いつも考えてしまいます。
当然、表現主義建築の到達点、ベルリンフィルハモニーも。


昼間に街路側から建物を見ると、白い低層部が水平方向に広がっており、鮮やかな金色の上層部のボリュームが建物に豊かな表情を与えています。

エントランスホール側です。長い水平線を描く大屋根が、大きなホールのボリュームの片側に取り付いており、ダイナミックな構成でした。
ちなみに、この日は9月24日。マーラーの交響曲第2番「復活」を聴いてから、空港へ向かいました。チケットはG-Linksというかなり安価な席でしたが、音楽に包まれ、トライアングルやティンパニ、合唱団の音が私の左後ろから届いてくるような、まるで天国のようなホール空間でした。その感動は、本当に復活できるかもしれないーと思っていました。



最後、全然関係ない話ですが、ケバブは安くて美味しくて大きくて、昼から夜まで、いろんなところで食べながら建物を眺めていましたが、全然食べきれられなくて、幸せで困りました。
(本稿における掲載写真は全て著者による撮影、無断転載はご遠慮下さい。)
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